
日越大学(日越大学 ベトナム国家大学ハノイ校。以下、VJU)では、日本学専攻の学生だけでなく理系の学生も必修科目(理系は計5単位必修)として日本語を学習しています。理系の学生にとっての日本語学習は学習目標の上でも学習意欲の面でも工夫が必要とされ、試行錯誤の繰り返し。2025年9月には理系の学生数が600人を越えたこともあり、2グループに分け、学生は1学期間だけ日本語を学びました。限られた学習時間の中で『まるごと』を使う工夫について、日本語教育プログラム(JLE)担当の齊藤先生、授業を担当するHuong先生、Dung先生にお話をうかがいました。
1.コース概要
| 学習時間:75時間(5時間×15週) 教科書 : 『まるごと 日本のことばと文化 入門(A1)りかい』(以下、『りかい』)第1~10課 『まるごと 日本のことばと文化 入門(A1)かつどう』(以下、『かつどう』)第1~10課 |
新学期開始時に行われるプレイスメントテストで一定以上の日本語力(N4相当以上)が認められた場合は日本語学習が免除されるため、2025学年度の履修者は約570人。それを1学期9クラス(約300名)、2学期7クラス(約270人)の計16クラス編成で授業を行いました。
―はじめに、授業の進め方について教えてください。

齊藤先生:1週間5時間の学習時間を効果的に使うために、まず『りかい』で言語知識を学び、それから『かつどう』で運用練習を行い、さらにオンラインで自習する、というデザインになっています。今年は学習時間数が去年の半分になってしまったので10課までにしぼり、かな学習もアプリやオンラインの自立学習方式で行っています👉1。『りかい』については教科書の内容を全部カバーしますが、『かつどう』の語彙や文型の部分は『りかい』の授業で先にやってしまうことになります。そのため『かつどう』の時間には、『りかい』で扱った語彙や文型は復習扱いとし、聴解と最後の会話練習(運用練習)を中心にしています。このように、『りかい』と『かつどう』の組み合わせ方には工夫をしています。
―「オンライン授業」について、もう少しくわしく教えてください。
齊藤先生:「オンライン授業」は自立学習支援なので、こちらが教えるのではなく学生の質問が中心です。学生は各自で「みなと」の「まるごと」自習コースで学び、問題があればオンラインで質問をします。👉2
Huong先生:はじめはたくさん質問がありますが、慣れてくるとあまり質問はありません。質問がなければオンライン授業の時間帯にはこだわらず、時間外であったとしても学習の証拠として「まるごと」自習コースで学んだか箇所を写真などにとってZaloで提出してもらっています。
2.『まるごと』の使い方の工夫
―『まるごと』を教科書に選んだ理由は何ですか?
齊藤先生:理系の学生は学習時間が限られていることもあり、初級の入門段階で楽しく日本語を学習できる教材として選びました。以前(4年前)は、理系の学生も日本学専攻の学生と同じコース(1学期150時間)で『みんなの日本語1』で学習していたのですが、学習時間的にも負担が大きく、学習動機が高くない学生にとっては学習効果も感じられませんでした。そこで、理系の学生は日本語のコースを分け、学習時間数を1学期90時間、2学期60時間(通年150時間)に1学期中に学習する時間を減らし(2023年度、2024年度)、教科書も『まるごと』に変更しました。
Dung先生:日本語が好きで積極的に学ぶ学生もいれば、単位取得のためだけに授業を受ける学生もいます。そのため、文法中心の教材だと「難しい」「つまらない」と感じる学生が少なくありません。その点、『まるごと』は場面設定が明確でイラストも豊富なので、学生にとって親しみやすい教材だと思います。
―『りかい』➡『かつどう』の順番で使うのはどうしてですか。
齊藤先生:基本的な『まるごと』の使い方は『かつどう』➡『りかい』ということは承知しているのですが、学習時間が限られるVJUの理系学習者にとってどちらが「学習効果が高いと思うか」をベトナム人教員に聞いた結果です。理系の学習者にとっては、知識を確認してから運用に進む学習方法の方が身近です。『かつどう』を先に進めると、文法規則を発見しながら発話につなげるわけですが、この学習方法に慣れるまでには時間もかかり、不安や混乱が生じます。日本語は専門とは違う分野の学習なので、彼らにとっての学習のしやすさを重視しました。👉3

―授業での工夫や取り組みについて教えてください。
【QuizletとKahoot!を使って自立学習を支援】
Huong先生・齊藤先生:学生が予習できるようにQuizletに語彙リストを入れて練習できるようにしています。これは自立学習の一環ですが、教室でも授業の始めにQuizletで各自語彙を覚える時間を5分ぐらい取っています。また、授業のウォーミングアップにKahoot!で語彙や漢字のクイズをするときもあります。👉4
【補助教材を作成して学生のレベル差に対応】
Huong先生:中学生のときから日本語を学んでいる学生や外部のセンターで日本語を学んでいる学生もいて、日本語力にレベル差があります。そこで、授業のPPT(スライド)や漢字シート、ワークシートなどの補助教材を作成しています。PPTには文法の補足説明も増やして、学生が理解しやすいように工夫したり、より難しいことを学びたい学生のニーズに対応したりするようにしています。

【会話練習を盛り上げるために】
Dung先生:『かつどう』を使った会話練習では、まず学生1人を選び、教師とペアになってクラスの前で会話をして見せます。すると、他の学生たちもモチベーションが上がり「自分もやってみよう」という気持ちになるようです。また、単に隣の学生とペアを組むのではなく、誰が得意で誰が苦手かを考えながら、日本語力のバランスを見てペアを組ませるようにしています。
【「まるごと+(プラス)」を使って授業を楽しく】
Dung先生・齊藤先生:『かつどう』の授業では「まるごと+」の会話や「生活と文化」の動画を使って、学生ができるだけ楽しく授業に参加できるようにしています。「まるごと+」にはクイズ形式の文法練習もあるので、クラスでやったり宿題にしたりするなど工夫しています。👉5
【学習者のモチベーションを高める評価】
齊藤先生:筆記テストだけで評価するのではなく、学生の学習意欲を上げつつ、学習に積極的に取り組めるように、次の3つを組み合わせて評価しています。👉6
① 動画の提出:自己紹介(1回)、ペアでの会話(1回)を録画したものを提出します。
② 日本についてのプレゼンテーション:理系分野のトピック(新幹線、自動車、任天堂のゲームなど理系に関連するもの)から興味があるものを選び、グループでベトナム語で5分程度プレゼンテーションをします。
③ 学期末筆記テスト:文字(ひらがな・カタカナ・漢字の読み)の記述問題と、語彙と文法、短い読解問題などを組み合わせた選択式の問題をします。
3.『まるごと』を使ってみて
―学生の反応はどうですか。『まるごと』を使った授業の効果などはありますか。
Huong先生:学生の話すことへの抵抗感が減ったと感じます。ペアでの会話活動を通して日本語を使う機会が増え、コミュニケーション能力も向上しています。
Dung先生:『みんなの日本語』に比べて、学んだことがすぐに実践に使える『まるごと』は学生の達成感を得られやすいようです。学生全体を対象に『まるごと』についてアンケート調査を行ったところ、豊富なイラストや写真が使われている点、日本語を使う場面や文化的背景が分かりやすく紹介されている点について、高い評価が得られました。
―『まるごと』は聞く活動が多いのですが、やってみていかがでしょうか。また、今後、課題として感じていあることがあったらお聞かせください。
Dung先生・齊藤先生:『まるごと』の聴解タスクには慣れていきますが、実際の会話での聞く能力とは隔たりがあり、それを身につけるのは難しいと感じています。『まるごと』では、場面や文脈から内容を予測してから聞くのでタスクはできますが、実際の場面では、語彙が不足しているために、そもそも話の文脈がわからないことが多いです。なので、語彙の定着が問題だと思っています。
齊藤先生:「聴解を発話につなげる」というのは、なかなか難しいです。多くの学生は教科書にある会話例を読んで「暗記して話している」のです。覚えて話しているとしても、話すことには慣れていきますし、『まるごと』ではCan-do達成が目標なので、授業ではコミュニケーションができます。でも、翌週やってみると、語彙や文型を忘れてしまっている。「みなと」や「まるごと+」を使用するなど工夫していますが、まだいい方法は見つかっていません。また、理系の学生で日本語に興味があるわけではなかったり、「日本語」を学ぶ目的意識が低い学生もいたりする中で、彼らにとって身近で、どんな日本語を必要と思ってもらえるのか、実際に役に立つと思ってもらえるのか、学習デザインについては今後も考えることが多いです。
大変なこと、もっと改善したい!というお話が尽きないインタビューでしたが、理系の学生たちに寄り添った授業づくりと工夫を重ねていること、目の前の学習者に真摯に向き合う先生方の姿勢がとても印象的でした。
【インタビューから学ぶ】
1.学習時間が限られたコースの場合、ひらがな・カタカナの学習は、「Memory Hint(英語版)」(イラストを見ながらひらがな・カタカナを楽しく学べるアプリ。IOSとAndroidに対応 https://www.jpf.go.jp/j/kansai/clip/kanamemoryhint/)や「JFにほんごeラーニング みなと」(https://minato-jf.jp/)上の「ひらがな・カタカナ自習コース」を利用するといいでしょう。VJUでは「ひらがな・カタカナ自習コース」の受講と修了証提出を必須課題としているそうです。
2.『みなと』(https://minato-jf.jp/)は国際交流基金による日本語学習プラットフォームで「ひらがな自習コース」や「まるごと自習コース」など日本語を自分で学習できるオンラインコースがあります。いつでも・どこでも・だれでも無料で受講できます。
3.『まるごと 日本のことばと文化』はJF日本語教育スタンダード準拠日本語コースブックで、「入門(A1)」「初級1(A2)」「初級2(A2)」のそれぞれは、日本語をたくさん聞いたり、話したりすることでコミュニケーションの実践力をつける『かつどう』と、コミュニケーションの中で日本語がどのように使われているかを体系的に学ぶ『りかい』の2冊から構成されています。詳細は『まるごとサイト』(https://marugoto.jpf.go.jp/about/marugoto/)を参照してください。
4.Quizletはフラッシュ カードや暗記カードが作れるオンライン学習ツール、Kahoot!はクイズやアンケートなど、多肢選択問題が作成できる学習ゲームツールです。また、『まるごと+(プラス)』(https://marugotoweb.jp/ja/index.php)サイトの「まるごとのことば」でも語彙を自習できるようになっています。
5.「まるごと+(プラス)」(https://marugotoweb.jp/ja/index.php)は『まるごと』の内容に沿って、日本語や日本の文化が学べる国際交流基金によるWebサイトです。Webサイトでは『まるごと』の会話が動画で練習することができたり、「生活と文化」に関する動画が見られたり、楽しく日本語や文化を学べるのが特徴です。
6.『まるごと』の目標はコミュニケーションができる(Can-do)ことです。そのため、評価でも言語知識をはかる筆記試験だけではなく、Can-doの達成を測るテスト(パフォーマンス評価)を取り入れるといいでしょう。学習者が多い場合は、VJUのように、会話テストの代わりに、スピーチ(自己紹介)や会話の動画を提出させることもできます。なお、会話テストの例は『まるごと』の「テストとふりかえり」にあります。
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インタビューは日本語およびベトナム語で行いました。本稿はインタビューの際の日本語とベトナム語を編集したものです。写真はいずれもご本人からの提供です。
発行/国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
発行日/2026年9月22日
インタビュー/土屋仁美(同センター日本語専門家)
編集/藤長かおる(同センター日本語上級専門家)
宮川裕士朗 (同センター日本語指導助手)
土谷リサ(同センター日本語事業担当スタッフ)
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