トヨタ南海ハイフォンのBui Thi Hoang Dung(ズン)先生
ズン先生は日系企業での通訳、日本語センターでの教師を経て、現在は日本へ派遣される自動車整備士への日本語教育を担当されています。お仕事の大変さとやりがい、教師としての能力を磨き続けることの大切さについて、お話を伺いました。
先生に励まされ、自信が持てるように
―日本語の勉強を始めたきっかけは?
「中学校と高校ではフランス語の勉強をしていましたが、次はアジアの言語が勉強したいと思っていました。日本語を選んだ理由は、当時テレビで放送されていた日本のドラマ『スチュワーデス物語』と『おしん』を見たことです。この二つのドラマの内容はまったく異なりますが、主人公が困難なことに立ち向かって乗り越えていくという共通点がありました。このドラマを見て、日本人の努力する姿に感動しました。当時日本語はまったく理解できませんでしたが、ドラマの日本語を聞いていて、「日本語は美しいな」「聞いていると落ち着くな」と思い、日本語学科のある大学に進学することに決めました。」
―日本語の学習はどうでしたか?
「大学生のとき、クラスメイトはみんな日本語が上手でしたが、私はあまり上手ではなく、自信がありませんでした。大学3年の2学期、会話のテストがありました。自己紹介という簡単なテーマだったのに全然上手く話せなくて、低い点数をつけられてしまいました。先生には「どうして簡単なテーマなのにできないんですか。1年生でももっと上手に話しますよ」と厳しく注意されてしまいました。でもその注意のあと、先生は「これからちゃんとすれば、今からでも遅くはありませんよ。ゼロからのスタートでも大丈夫です」と優しく言ってくれました。その励ましのおかげで、そこから改めて頑張ろうと思いました。」
―先生のそのことばを聞いて、何が変わりましたか?
「今まで以上に一生懸命、昼も夜も勉強するようになりました。考え方も変わって、授業中に手を挙げて、積極的に発言するようになりました。日本語を勉強するときは、自信を持つことが大事だと実感しました。そのおかげで、卒業する頃には日本語がかなり上達しました。」
日本語を教えることになって
―教師になろうと思ったきっかけは何ですか?
「大学卒業後、日系企業で通訳などの仕事をしましたが、通訳は自分の意見を言えないし、専門知識も必要で大変だと思っていました。そんなとき、友人の紹介で日本語センターで教えることになりました。そのセンターには日本人の先生もいて、自分の授業に対してフィードバックしてくれたので、自信もつきました。大学生のときもアルバイトとして日本語を教えたことはありますが、家庭教師のような感じだったので、全部自分流でした。でも、センターで働き始めて、日本式のカリキュラムや環境で教えることで、プロになった感じがしました。人の役に立っていると感じられたし、教師としていろいろな人と会う機会が得られて、教えることで自分自身をより改善できることに気づき、本格的に教師の道に進むことにしました。」
―現在のお仕事について教えてください。
「現在はトヨタ南海ハイフォンという会社で働いています。大阪にある本社では整備事業を行っているのですが、整備士の人材不足解消のため、支社であるハイフォンで人材を育成して日本へ送り出すプロジェクトを開始しました。私はその派遣候補者である自動車整備士への日本語授業を担当しています。コースは6か月で、日本語能力試験N3を目指して、日本語・日本文化や整備の専門用語も教えます。授業は毎日8時から17時までです。日本語が苦手な整備士のために、夜に補習をすることもあります。ちょっと大変ですが、日本の整備業界の人材不足解消や、学習者の日本語能力向上に貢献できて、とても有意義な仕事だと思います。」
―教えた人はみんな日本へ行くのですか?
「はい。今は3期生を教えていますが、1期生と2期生は今、日本で働いています。3期生も、すでに半分が面接を終え、合格をもらいました。私の仕事はコースが終わったら終わりではなく、整備士たちが日本へ行ってからもサポートを続けます。日本語の勉強や生活で困ることがあったとき、私に連絡してくれます。」
―今まで教えていた日本語センターとの違いは感じますか。
「まず、仕事をする場所や対象者が違います。センターの場合は、中学校や高校に派遣されたりしますから。それに、センターではカリキュラムを日本人教師が作ることが多いですね。それに比べて、今の学習者は大人の整備士ですし、カリキュラム作りや教材選びなどを自分一人でやっています。」
―カリキュラム作りなどはどのように学びましたか?
「以前働いていたセンターで日本人教師がしていたことを見て学びました。教材選びや、何か困ったことがあったときは、他の機関で働く日本語教師仲間と相談したり、情報交換したりします。でも、今の会社にもう一人先生がいたらいいな、とも思っています。」
―教師のやりがいや大変さはどのようなところですか。
「正直に言うと、教師の仕事は大変だと思います。日本語の専門的な知識に加えて、指導能力、コミュニケーション能力、柔軟性、問題解決能力なども必要になります。そして、今の仕事の難しさは、6か月で日本語能力をN3まで持って行くことと、専門用語も教える必要があるという点です。現在日本語教師は一人しかいませんので、とてもチャレンジングだと感じることもあります。でも、この仕事のおかげで、自分自身も教授スキルを身につけて、成長できたと実感しています。日本語が苦手だった学習者が成長して、「ありがとうございます」「合格しました」と笑顔で言ってくれると、人の役に立っていると感じられて、幸せになります。最近も、日本へ行った整備士が「自動車整備士国家試験3級」や日本語能力試験のN2に合格したという報告を聞いて、うれしかったです! こういうことがあるので、仕事がいくら大変でも乗り越えられます。そして、自分も日々努力したり、いろいろチャレンジしたりしなければならないなと感じています。」
―たしかに、教師の努力も必要ですね。具体的にはどのような努力をしていますか。
「私の意見ですが、教師は一度成功すると、その後知識を更新せずに、ずっと同じ教え方をしてしまうことが多いと思っています。でも、そうすると、社会の変化や教育現場の変化に適応できないし、自分の知識もいつか古くなるかもしれないですから、日々自分自身を鍛えるのがとても大事だと思っています。そのために、私は毎日インターネットやYouTubeで日本語教育に関する情報を探したり、読書したり、時間があれば日本語教師向けの研修やコースに参加したりしています。」
日々の努力を怠らない
―教師以外に日本語を使った活動はしていますか?
「ボランティア活動の経験があります。日本人と孤児院へ行って、日本のお菓子を作ったり、浴衣を着たり、歌を歌ったりして、日本文化の紹介をしました。そこの子どもたちはまったく日本語が分かりませんでしたが、日本語に興味を持ってくれたことが、とても印象に残っています。今はあまりできていませんが、本当はもっと積極的にやりたいと思っています。」
―これからの目標について教えてください。
「私には短期目標と長期目標があります。短期目標の一つ目は自分を鍛え続けて能力を向上することです。二つ目は、修士号を取得することです。1年くらい勉強していましたが、時間の調整がうまくできず中断してしまっているので、早く修了したいと思っています。そして、三つ目は、引き続き自動車整備業界に貢献していくことです。」
―長期の目標は?
「一つ目は中堅教師になることです。私が考える中堅教師は、プロの教師として幅広い知識を持っていて、現状に満足しないでスキルを磨き続ける教師です。そんな教師になりたいと思っています。二つ目は、日本語の歌が好きなので、歌を使ったYouTubeチャンネルを開設することです。日本の歌は本当に興味深いのに、若い人にはあまり知られていないし、どんどん新しい歌が出てきて流されてしまいます。美しい、いい歌をベトナムの皆さんに紹介したいです。」
―同じように日本語を教える先生たちにメッセージはありますか?
「繰り返しになりますが、教師になったからには、毎日自分自身を鍛え続ける必要があると思います。そして、教師にとって一番大切なのは、心からものごとに取り組むことです。教師の仕事に興味を持って、教えている学習者の役に立てるように全力で取り組むことが大事だと思っています。大変なこともありますが、一緒に頑張りましょうと伝えたいです。」
ズン先生は非常に向上心が高く、「日々努力」「自分を鍛える」という言葉が随所で聞かれ、同じ日本語教師として、背筋の伸びるようなインタビューでした。自分を鍛え続けることの大切さがよく分かりました。
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インタビューは日本語で行いました。本稿はインタビューの際のご本人の日本語を編集したものです。写真はいずれもご本人からの提供です。
発行/国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
発行日/2023年6月20日
執筆・編集/生駒美帆(同センター日本語指導助手)
編集/藤長かおる(同センター日本語上級専門家)
山村陽子(同センター所長補佐)
土谷リサ(同センター日本語事業担当スタッフ)
久保亜樹(同センター日本語指導助手)
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