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経営学を通して日本という国を知る

ダナン大学経済大学のTrinh Thuy Huong(トゥイ・フン)先生

 

 トゥイ・フン先生は経営学を研究しながら、日本語教育にも携わってこられました。日本語の勉強を始めて2年間は苦しい日々が続いたというトゥイ・フン先生が日本語能力試験でホーチミン市1位の成績を取った秘訣から、経営学から見た各国の違いについてまで、たっぷりとお話を伺いました。

 

 

ラジオ漬けの毎日
―いつ日本語の勉強を始めましたか?
「私は小学校から10年以上、義務教育の外国語科目でロシア語を学び、ロシア語で大学入学試験を受けました。その時、旧ソ連が崩壊したため、大学で学ぶ外国語を英語、フランス語、ロシア語、中国語、日本語の5つの中から自由に選ぶことになりました。ロシア語はずっと学んできましたし、英語はどこでも勉強できるのではないかと思い、好奇心から日本語を選んでみました。それまでに日本のアニメや文化に興味があって日本語を選んだわけではなく、当時、日本語ができる人が少なかったので、それならやってみようという気持ちで始めました。それで、ハノイ貿易大学で経営学を学びながら、日本語を勉強しました。」

 

―すぐに日本語が話せるようになりましたか?
「いろいろと勉強させてもらいましたが、大学での語学の勉強だけでは実際に使えるようなレベルにはなりませんでした。当時はインターネットも普及しておらず、日本人の先生もあまりいませんでしたし、教材も多くなかったので、勉強できる環境が限られていました。文字と簡単な文法を勉強するだけでも2年ぐらいかかったのですが、3年生になってある程度話すための知識が身についた頃から、日本語の勉強の面白さに気づき始めました。その頃にプレゼントにラジオをもらい、唯一NHK WORLD RADIO JAPANの電波が受信できたので、毎日、長い時は一日8時間、大学から戻ってから夜寝ている間もつけたままにして聞いていました。

 

―どんな番組を聞いていましたか?

「一番よく聞いていたのは日本時間夜10時、ベトナム時間夜8時からのニュース番組ですね。1時間ごとに5分間のニュースもあったのですが、このニュース番組は45分の長い番組で、いろいろなニュースや解説が聞けました。フォーマルな日本語が聞けて、アナウンサーの発音もとてもきちんとしていてきれいな日本語だったので、一番好きでした。」

「ラジオ深夜便という番組もよかったですね。アナウンサーが地方にいる人たちに「今日はそちらで何かありましたか」というような普通の暮らしについてインタビューをするコーナーが 好きでした。「今日は星空がきれいですよ」という 、ニュースと違って非常にソフトな話が多く、生活で使える日本語がたくさん聞けました。大学を卒業してからも、ラジオを聞くのが生活の一部になっていました。仕事が終わって飲み会などに出かけても、ベトナム時間夜8時からのニュースに間に合うように帰っていました。先に帰ってしまうので、友達に怒られたこともあります(笑)」

 

―ラジオを聞いて、どんな効果がありましたか?
「それほどたくさん日本語に耳を慣らしていると、無意識に口から同じような日本語が出てくるようになったんです。ある瞬間から、日本語とベトナム語は語順が違うので、「日本語を話すときにはベトナム語のというような文構成のイメージが持てるようになって、日本語が話しやすくなりました。奇跡が起きたと思いましたね。」

 就職してから、日本語能力試験を受けてみると、当時の1級にホーチミン市1位の成績で一発で合格できました。その翌年も同じく1位になりました。その後、J.TEST(実用日本語検定)を受けてみると、準A級の判定で、同じ判定の受験者の中で世界35位になりました。自分はこんなにできるんだという嬉しさと驚きがありました。この経験から、リスニングの勉強がとても大切で、耳ができていれば、話すこともできるようになると思っています。」

 

―日本語の上達はほとんどラジオのおかげということですね。

「ラジオの力も大きかったと思いますが、就職したホーチミンの日系企業での実践で鍛えられた部分も大きかったと思います。毎日業務レポートやいろいろな書類を書かなければならなくて、それを日本人に添削してもらっていました。日本語を使って仕事ができる、日本語が自分の一部になったという自信が生まれたのは就職して1、2年が過ぎた頃でした。」

 

 

 

 

日本語を教えることになって
―その後、教師として大学に戻ったきっかけは何ですか?
「5年ほど日系企業で働いていて、日本人とベトナム人の働き方の違いがあまりにも多いので、どうしてその違いが生まれるのか、どうすれば効率よく働けるようになるのかという日本語以外のことに関心がいくようになりました。そのような研究ができるところに行こうと思っていたところに、出身大学であるハノイ貿易大学のホーチミン分校でも日本語教育を始めるという話を聞きました。大学で経営学の研究をするためには授業を担当する必要があったため、講師として日本語も教えることになりました。」

 

―日本語を教えてみて、どうでしたか?
「自分が日本語を学んだときにこれがいいと思ったことを一生懸命に学生に伝えようとしていたのですが、それについてこられる学生はいませんでした。私が学生だった頃と同じように、学生たちは初めの1、2年の辛い期間を乗り越えていかなければなりませんでした。ただ、ある程度、インターネットも普及していましたし、日本人のボランティア教師に来てもらえたり、いろいろな団体に支援してもらえたりしました。勉強しやすい環境がある程度整っていたのですが、卒業するときには日本語のクラスの学生数が3分の1になってしまったこともありました。最初の1、2年をいかに楽しく学べるようにするかがポイントではないかと思っています。」

 

―『教師と学習者のための日本語文型辞典』(グループ・ジャマシイ 編著)のベトナム語版の出版に携わったと聞きました。翻訳作業はどうでしたか?
「この文型辞典を世界6か国で出版するプロジェクトの一環で、ベトナムでも出版されることになり、筑波大学とホーチミンの日本語学科のある大学から一人ずつベトナム人の講師が集まって翻訳チームが編成されました。当時、私は日本語学科の運営を任されていて、必然的に私が大学の代表として参加することになりました。厚い本だったので、まずはメンバーで等分して翻訳し、月に1回集まってその翻訳について検討したのですが、そのディスカッションが大変でした。一つの日本語に対して、メンバーそれぞれに違った理解があることもあり、どれを採用するか、議論するのがとても難しかったです。私は大学院の進学のために日本に留学したのですが、オンラインで引き続き、参加しました。最終的には筑波大学の村上雄太郎先生と編集作業を行い、ようやく出版できました。ベトナム人学習者にとって少しでも役に立つものになっていれば、とても嬉しいです。」

 

 

 

 

日本的経営の研究を広めたい
―これからの目標について教えてください。
「博士号の取得後、ダナン大学経済大学からお誘いがあり、国際経営学部で経営学を教えることになりました。コロナ禍でオンライン授業になったこともあり、今はダナンを離れていますが、そろそろ復帰したいと思っています。また日本語を教えることになれば、きちんとした教授法で教えたいと思っています。日本語そのものの勉強だけではなくて、日本という国に関わるという意味での日本語の勉強は、学生の頃からずっと続いています。これからも学び続けたいと思っています。」

 

―日本語以外の目標についてはどうですか?
「研究してきた日本的経営を、ベトナムで一つの学問として普及させていきたいと思っています。経営学において、経営の主流はアメリカ経営学とドイツ経営学だったのですが、1980年代から3つ目の主流として日本的経営が出てきました。この3つの違いについて簡単に説明すると、「企業は誰のものか」という質問に対し、アメリカ人は株主のものだ、ドイツ人は従業員のものだと答えます。では、日本人はどう答えるかというと、取引先のものだと答える人が多いと思います。つまり、アメリカ的経営ではお金を儲けることを第一に考え、ドイツ的経営では従業員の福利厚生を考えて、組合の意見を聞き入れるということになります。一方、日本的経営では、企業同士が株を持ち合うことが多いため、企業同士の連携が強く、業界団体が政府に訴えかけるような力を持っています。ベトナムの場合は企業同士の結びつきがなく、バラバラです。ベトナムでは日本的経営があまり知られていないので、大学でその理論を教えながら学会を立ち上げ、ベトナムで日本的経営の研究を盛り上げることが私の夢です。日本語だけではなく、日本という国の理解を深め、ベトナムに普及させていきたいと思っています。」

ラジオを毎日のように聞いていたという日本語上達の秘訣はもちろんのこと、経営学のお話も大変興味深く、講義を受ける学生になったような気分を味わうことができました。興味のある方はぜひ「日本的経営」について調べてみてください。

 

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インタビューは日本語で行いました。本稿はインタビューの際のご本人の日本語を編集したものです。写真はいずれもご本人からの提供です。
発行/国際交流基金ベトナム日本文化交流センター
発行日/2023年2月20日
執筆・編集/久保亜樹(同センター日本語指導助手)
編集/藤長かおる(同センター日本語上級専門家)
          山村陽子(同センター所長補佐)
          土谷リサ(同センター日本語事業担当スタッフ)

 

 

 

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